9月12日の奈良競輪で落車した諸橋愛(もろはし めぐむ)選手が、21日に49歳で亡くなりました。
事故後、どのような経緯をたどり、落車について何が公表されているのでしょうか。
JKAの発表と日本競輪選手会のコメントを確認し、長年第一線で走り続けた諸橋選手の功績も振り返ります。
二宮 澪(にのみや みお)

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諸橋愛選手の落車事故から逝去までの経緯

諸橋愛選手の訃報を知り、「レース中に何が起きたのか」「事故後はどのような状況だったのか」と気になった方も多いのではないでしょうか。
一方で、現時点の発表だけでは分からないこともあります。
まずは公表された情報をもとに、事故が起きたレースと、その後の経緯を順番に確認していきます。
9月12日、「平安賞in奈良」準決勝で落車

※画像は競輪の落車事故を示すイメージです。諸橋愛選手の事故当時の写真ではありません。
事故が起きたのは9月12日、奈良競輪場で開催された「76周年記念平安賞in奈良(GⅢ)」3日目の第11レース・S級準決勝です。
諸橋選手は競走中に落車し、レースを棄権しました。
「平安賞」は向日町記念の名称ですが、今回の開催会場は奈良競輪場です。
緊急搬送後も治療を続け、9月21日に逝去
落車後、諸橋選手は奈良市内の病院へ緊急搬送されました。
治療を続けていましたが、9月21日午前2時14分に逝去。
JKAが翌22日に訃報を発表しました。
JKAの発表から、事故が起きたレース、搬送先、逝去の日時と死因は確認できます。
一方、落車に至った詳しい状況や、治療中の容体の推移は記されていません。

落車したときの詳しい状況は、まだ公表されていません。
新たな発表があれば、確認して追記します✍️
JKAと日本競輪選手会が追悼コメントを発表
諸橋選手の訃報を受け、JKAと日本競輪選手会がそれぞれコメントを発表しました。
諸橋選手の功績をたたえるとともに、競走の安全に向けた取り組みに言及しています。
JKAは競走の安全対策をさらに進める方針
JKAの木戸寛会長は、諸橋選手が長年にわたり競輪界の第一線で活躍したことに触れ、逝去を悼みました。
また、今年7月の事故を受けて安全対策を検討・実施していた中で、再び重大な事故が起きたことを重く受け止めているとしています。
JKAは安全対策の検討と実施をさらに加速させる方針です。
日本競輪選手会も事故の検証と再発防止に言及
日本競輪選手会の安田光義理事長は、2017年の共同通信社杯優勝やKEIRINグランプリ出場に触れ、諸橋選手が長く競輪界を支えてきた功績をたたえました。
選手会は関係団体とともに、事故の検証と再発防止の検討を加速させるとしています。選手が安心して競走に臨める環境の実現に取り組む方針です。

安全対策が進むことを願うとともに、諸橋選手が競輪界で残してきたものも知っておきたい。
ここからは、その歩みを振り返ります。
諸橋愛選手とは|新潟を代表した追い込み選手
長年にわたり競輪界の第一線で活躍し、新潟支部および関東ラインの要として親しまれた諸橋愛選手。
まずは、諸橋選手の基本情報やプロフィールをご紹介します。
諸橋愛選手のプロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 諸橋 愛(もろはし めぐむ) |
| 生年月日 / 享年 | 1977年3月20日(享年49歳) |
| 登録番号 | 013149 |
| 期別 | 79期 |
| 登録地 | 新潟県(日本競輪選手会 新潟支部) |
| 級班 | S級1班(最高位:S級S班) |
| 脚質 | 追(追い込み) |
| ホームバンク | 弥彦競輪場 |
| 師匠 | 原田 和三選手(新潟・39期/引退) |
| デビュー | 1997年4月19日・弥彦競輪場 |
| 初勝利 | 1997年4月19日・弥彦競輪場(デビュー戦で初勝利) |
新潟支部を牽引したトップレーサーとしての歩み
1997年4月に地元・弥彦競輪場でプロデビューを果たした諸橋選手は、デビュー戦でいきなり初勝利を挙げるなど早くから注目を集めました。
鋭いタテ脚と厳しい牽制技術を併せ持つ「追い込み選手(マーク屋)」として頭角を現し、ホームバンクである弥彦競輪場や新潟支部を長年牽引。
後輩選手の育成や関東ラインの結束にも大きく貢献し、常に熱く泥臭い走りを見せる姿はファンのみならず多くの選手から深く尊敬されていました。

ホームバンクである弥彦競輪場を中心に新潟支部や関東ラインを長年支え続けてきた競輪界のレジェンドです。
共同通信社杯優勝とKEIRINグランプリ出場
諸橋選手のキャリアにおいて、特に大きな輝きを放ったのが2017年シーズンです。
まずは諸橋愛選手の主な優勝レースやタイトルを紹介します。
諸橋愛選手の主な優勝レース(グレードレース)
| 年月 | レース名 | 開催競輪場 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 2004年5月 | 青森記念(GIII) | 青森競輪場 | S級初優勝 |
| 2015年4月 | 桜花賞・海老澤清杯(GIII) | 川崎競輪場 | 記念競輪優勝 |
| 2015年8月 | ちぎり賞争奪戦(GIII) | 豊橋競輪場 | 記念競輪優勝 |
| 2017年7月 | ふるさとカップ(GIII) | 弥彦競輪場 | 地元記念優勝(1回目) |
| 2017年9月 | 第33回 共同通信社杯(GII) | 武雄競輪場 | ビッグレース(GII)初優勝 |
| 2017年9月 | 燦燦ダイヤモンドカップ争奪戦(GIII) | 松戸競輪場 | 記念競輪優勝 |
| 2018年7月 | ふるさとカップ(GIII) | 弥彦競輪場 | 地元記念連覇(2回目) |
| 2019年7月 | ふるさとカップ(GIII) | 弥彦競輪場 | 地元記念3連覇達成(3回目) |
| 2021年4月 | ベイサイドナイトドリーム(GIII) | 四日市競輪場 | 8度目のGIII優勝 |
GII「共同通信社杯」でビッグレース初優勝

2017年9月に武雄競輪場で開催されたGII「第33回共同通信社杯」で諸橋選手は激戦を制して見事に優勝を果たし、自身初となるビッグレースのタイトルを獲得しました。
ベテランと呼ばれる年齢に差し掛かってもなお進化を続ける走りは、競輪界に大きな衝撃と感動を与えました。
競輪界最高峰「KEIRINグランプリ」への挑戦
共同通信社杯での優勝をはじめ年間を通じて安定した成績を残した諸橋選手は、同年の賞金ランキング上位に入り、ついに競輪界の最高峰レース「KEIRINグランプリ2017」への出場権を獲得。最高峰の証である「S級S班」に在籍し、トップレーサーの頂点として競輪界を牽引しました。
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通算成績と競輪界に残した功績
プロ生活29年にわたり走り続けた諸橋愛選手が遺した、輝かしい成績と功績を振り返ります。
通算成績と主な獲得タイトル
| 項目 | 通算データ・成績 |
|---|---|
| 通算成績 | 2,377走 435勝 52優勝 |
| 通算勝率/2連対率 | 18.3% / 36.1% |
| GII優勝 | 1回(2017年共同通信社杯) |
| GIII(記念競輪)優勝 | 8回(地元・弥彦記念3連覇など) |
| F1/F2優勝 | 43回 |
| 最高階級 | S級S班(2018年) |
| 表彰 | ・JKA特別表彰 ・選手会功労賞 ・長年の貢献に対する追悼・顕彰 |
ファンと選手から愛された熱い走りと人柄
諸橋選手の魅力は、数字上の成績だけにとどまりません。
厳しいレース展開の中でも決して諦めないガッツ溢れる走りと、レースを離れた場で見せる温かい人柄で、全国の競輪ファンから長年愛され続けました。

どんな展開でも最後まで前を追う諸橋選手の走りに何度も胸を打たれました。競輪界に残された功績は本当に計り知れません。
まとめ|諸橋愛選手の経歴と功績を振り返って
奈良競輪場での不運な事故により、49歳という若さで突然この世を去った諸橋愛選手。
GII共同通信社杯の優勝やKEIRINグランプリ出場をはじめ、新潟支部および競輪界全体を支え続けた功績はこれからも多くのファンや関係者の記憶に刻まれ続けます。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。




















・諸橋愛選手が落車したレースと、逝去までの経緯
・公表された死因と事故について明らかになっていないこと
・JKA・日本競輪選手会のコメント
・諸橋愛選手の経歴と主な功績