競輪は現在、日本を代表する公営競技のひとつとして多くのファンに親しまれています。
しかし、競輪誕生当初の競輪は現在とはまったく違う環境にありました。
戦後復興を目的としてスタートした競輪は爆発的な人気を獲得する一方で、八百長疑惑や暴動事件が相次ぎ、一時は廃止論まで巻き起こるほど大きな問題を抱えていたのです。
・なぜ競輪は誕生したのか
・なぜ八百長疑惑が広まり廃止寸前まで追い込まれたのか
・そしてどのようにして現在の公正な競輪制度が作られたのか
この記事では、競輪誕生の背景から八百長問題、競輪を支える法律「自転車競技法」まで詳しく解説します。
- 日本で競輪が開催されるまでの歴史
- 競輪が廃止寸前まで追い込まれた八百長問題
- 現在の競輪が厳格な管理体制になった理由
- 自転車競技法で定められている内容
二宮 澪(にのみや みお)

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競輪はどういう理由で始まった?
現在では公営ギャンブルとして知られている競輪ですが、実は誕生の目的は単なる娯楽やギャンブルではありませんでした。
競輪は1948年(昭和23年)、戦後復興期の日本で「産業振興」と「地方財政の確保」を目的として誕生しました。
競輪に関する法律が書かれている「自転車競技法」には、競輪開催の目的として以下の内容が定められています。

| 目的 | 内容 |
|---|---|
| 産業振興 | 自動車産業・機械工業の発展 |
| 地方財政 | 自治体の財源確保 |
| 公益事業 | 公共事業への還元 |
当時の日本は終戦直後であり、復興資金や自治体の財源確保が大きな課題となっていました。その中で競輪は、スポーツとしてだけではなく自治体の重要な財源確保手段としても期待されていたのです。
日本で最初の競輪は1948年11月20日、福岡県の小倉競輪場で開催されました。
この日は現在でも「競輪誕生日」と呼ばれています。

「競輪=ギャンブル」って思われがちだけど、実は戦後復興を支えるための制度として誕生した歴史があるんです🚴♀️
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日本初の競輪開催は成功?それとも失敗?
結論から言うと、日本で初めて開催された競輪は大成功を納めました!
以下が初開催時の記録になります。

| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 入場者数 | 約55,000人 |
| 売り上げ | 約1,973万円 |
| 現在の価値換算 | 約8億円 |
当時は現在の競輪とは違い、競技自転車にも種類があり種類毎にレースが分けられていました。そのため競技自転車の種類が大きなトラブルの原因になることもあったそうです。

当時の公務員の月収は約3,000円前後と言われてるから、その時代背景を考えると驚異的な人気だったことがわかるよね😱
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八百長問題で競輪全国廃止の危機
競輪誕生から約2年後の1950年前後、全国の競輪場では大規模なトラブルが相次ぐようになります。
当時の競輪はかなりグレーな部分が多く、レースの結果に納得のいかない観客による投石や放火、窓ガラスの破壊など現在では考えられないような暴動事件も発生しました。

なぜ観客は暴徒化したのか?
最大の原因は「納得できないレース結果」でした。
当時の競輪界では、
- 運営体制の未熟さ
- 審判制度の未整備
- 選手情報管理の甘さ
- ノミ行為の横行
- 八百長疑惑
などが問題視されていました。
現在のような厳格な管理体制はまだ整っておらず、観客の不信感は日に日に大きくなっていったのです。

当時は管理体制が甘く言わばザル状態だったんだね😢
なぜ八百長を疑われやすかったのか?
競輪は競馬や競艇(ボートレース)、オートレースとは少し違います。
競馬なら馬の体調、競艇ならモーターや水面状況、オートレースならエンジンの状態など、敗因として考えられる要素が複数存在します。
しかし競輪は基本的に選手自身の力で勝敗が決まる競技です。
そのため本命の選手が敗れた時に、

なんで負けたんだ!!!

あいつが負けるなんて何か裏があるのだろう!!!
と不満を漏らす観客も多く、疑われやすい環境の背景がありました。
もちろん敗因には体調や展開、戦術など様々な要素がありますが当時は情報公開も進んでおらず、納得できないレース結果が出るたびに八百長疑惑へ発展していったのです。

今では選手コメントとかレース映像、専門メディアによる分析とかも充実してるけど、当時は情報も少ないしファンが敗因を知る手段も限られてからね💦
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競輪で八百長疑惑が浮上した実際の出来事
現在の競輪では厳格な管理体制が敷かれているため、八百長が発覚するケースはほとんどありません。
しかし、過去には大々的に八百長疑惑が浮上したレースがいくつかあります。特に競輪創成期には、運営体制や情報管理が未熟だったことからレース結果を巡って八百長を疑う声が数多く上がっていました。
ここでは実際に問題視されたレースと出来事を紹介していきます。
1950年9月9日|本命選手の故障で暴動へ発展(鳴尾事件)

1950年9月9日、兵庫県の鳴尾競輪場(後の甲子園競輪場)で発生した競輪史上最大級の暴動事件です。
当日のレースでは本命選手の自転車が故障し、選手本人はレースのやり直しを求めましたが認められずそのままレースが続行されました。
これに納得できなかった観客は「八百長ではないか」と不満を爆発させ、走路への乱入や投石、放火などの大規模な暴動へ発展。最終的には約5,000人もの観客が暴徒化し、死者まで出る事態となりました。
この事件をきっかけに全国で競輪廃止論が高まり、政府も一時は競輪廃止を検討するほど深刻な社会問題となりました。しかし、その後は運営体制や施設整備の見直しが進められ、競輪は存続することになります。
これを鳴尾事件(なるおじけん)と言います。

鳴尾事件は現在の競輪における厳格な選手管理や不正防止対策が整備される大きなきっかけとなった事件として知られてるよ!
1951年9月16日|坂口安吾(さかぐちあんご)が八百長疑惑を告発(伊東競輪事件)

1951年9月16日、作家の坂口安吾が伊東競輪場で観戦中に本来の1着と2着の着順が入れ替えられたのではないかと疑問を抱きました。
坂口安吾はこれを「八百長ではないか」と考え、実名で告発。
読売新聞にも大きく取り上げられ、競輪界を揺るがす騒動へと発展しました。
しかし警察や検察による調査の結果、証拠不十分として関係者は不起訴となり、真相は明確にならないまま幕を閉じました。
これを伊東競輪事件(いとうけいりんじけん)と言います。

坂口安吾さんは「堕落論」などで知られる戦後を代表する作家です!当時は著名人による実名告発だったこともあって世間から大きな注目を集めてみたい😳
1959年6月23日|着順判定を巡る騒動で暴動が発生(松戸事件)
1959年6月23日、松戸競輪場で行われた第5レースの着順判定を巡り観客から「八百長ではないか」という声が上がりました。
騒動は次第に激化し、一部の観客による施設破壊などの暴動へ発展。
さらに、自転車協議会の幹部が観客に対して「車代」として1人あたり1,000円を現金を配っていたことが発覚し事態はさらに大きな問題となりました。
この松戸事件を受けて競輪界は大きな批判にさらされ、開催自粛や業務停止など厳しい措置が取られることになります。
これを松戸事件(まつどじけん)と言います。

松戸事件の影響で千葉県は3か月間の業務停止処分、開催時間の短縮とか平日開催の縮小とか競輪運営の見直しが全国的に進められました🥺
1960年9月13日|本命選手のパンクで八百長疑惑が発生(西武園事件)

1960年9月13日、西武園競輪場で開催されたレースにおいて大本命とされていた白鳥伸雄(しらとりのぶお)選手がスタート直後にパンクするアクシデントに見舞われました。
白鳥選手は競走中止となりましたが、本命選手が脱落したにもかかわらず配当が予想以上に低かったことから一部の観客が「八百長ではないか」と疑念を抱き騒動へ発展しました。
実際には白鳥選手のパンクは偶然の事故だったとされていますが、この事件は当時の競輪ファンがいかに八百長に敏感になっていたかを象徴する出来事として知られています。
これを西武園事件(せいぶえんじけん)と言います。

この事件を経験した白鳥選手は「ファンは勝つべき選手が勝たないレースに納得しない」と痛感して、その後さらに練習へ打ち込むようになったんだって💪🏻
2000年2月11日|審判の異例判断で八百長疑惑が浮上(立川誤打鐘事件)
2000年2月11日、立川競輪場で行われたレースで、本来は残り1周半で鳴らすべき打鐘(ジャン)が誤って残り2周半の時点で鳴らされるトラブルが発生しました。
競技規則上はレース不成立となるケースでしたが、審判はレースを中止せず続行。さらに残り1周半で再び打鐘が鳴らされる異例の対応が取られました。
この強引なレース続行に対し、場内では怒号が飛び交いました。納得のいかない一部のファンからは「何か裏があるのではないか」「八百長ではないか」といった疑念の声も上がりました。
これを立川誤打鐘事件(たちかわごだしょうじけん)と言います。

立川誤打鐘事件は、選手の不正ではなく審判や運営側の判断が問題視された珍しいケースとして有名です!実際のレース映像があったからこちらも確認してみてください🎥

表彰式では斎藤紳一朗選手に対して激しい怒号が飛び交ってて可哀想😢
2018年3月11日|携帯電話の持ち込みで即日帰郷処分(大久保花梨選手)

2018年3月11日、久留米競輪に出場していたガールズケイリン選手の大久保花梨選手(おおくぼかりん)の車内から携帯電話が発見されました。
通信契約は解除されていたものの、競輪では通信機能の有無に関わらず携帯電話の持ち込みが禁止されているため「管理秩序違反」として即日契約解除となりました。
その後、大久保選手には2か月間の出場停止処分が科されるなど競輪界における厳格な不正防止体制が改めて注目される出来事となりました。

これは競輪に限らずだけど、公営ギャンブルでは八百長や情報漏洩を防ぐために開催期間中のスマートフォンや携帯電話の持ち込みが厳しく制限されてます!実際に不正が行われていなくても、ルール違反だけで重い処分が科されることがあるの💦
2021年10月27日|競輪場責任者による車券購入が発覚

2021年10月27日、和歌山競輪場の管理責任者を務めていた県職員2人が在職中に競輪の車券を購入していたことが発覚しました。
競輪関係業務に従事する公務員は、自転車競技法によって車券購入が禁止されています。
調査の結果、2人は合計で約1,800レースもの車券を購入していましたが地元レースへの投票や八百長行為は確認されませんでした。
しかし、競輪運営に関わる立場の人間が車券を購入していたことは公営競技の公正性に対する不信感を招くとして問題視されました。

この事例では八百長は確認されなかったけど、「疑われる行為そのものを防ぐ」という現在の競輪運営の考え方を象徴する出来事になってるよ!
八百長なしで競輪で勝ちたい人は…
それでも競輪は発展を続けた
八百長疑惑や暴動事件によって廃止論まで巻き起こった競輪ですが、その後は運営体制の見直しや不正防止対策の強化が進められました。
審判制度の改善や選手管理の厳格化によって競輪の信頼は徐々に回復し、やがて日本を代表する公営競技へと成長していきます。

現在はなぜ売上が復活したのか?
競輪人気が復活した最大の理由は「スマホで簡単に車券を買える時代になったこと」です。
以前は競輪場や場外車券売場へ行かなければ投票できませんでしたが、現在はネット投票が主流となりました。
また、仕事終わりでも楽しめるミッドナイト競輪の普及やライブ配信サービスの充実により、新しいファン層の獲得にも成功しています。

その結果長年続いていた売上低迷から脱却して、再び成長を続ける公営競技として注目されるようになったんだね👏🏻
現在の競輪はどのような仕組みなのか?
現在の競輪は経済産業省が所管する公営競技です。そのため売上の一部は地方自治体や公益事業・振興法人などへ還元される仕組みとなっています。
競輪は単なるスポーツではなく、公営ギャンブルとしての側面と公益性の両方を持つ競技なのです。

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競輪を支える法律「自転車競技法」とは?
競輪は一般的なスポーツとは少し違います。
サッカーや野球であれば競技団体がルールを定めて運営していますが、競輪は公営ギャンブルとしてお金が賭けられる競技です。
そのため単なる競技ルールだけではなく、
- 公正な競走を維持すること
- 不正を防ぐこと
- 購入者を保護すること
を目的とした法律が存在します。
その法律が自転車競技法です。
自転車競技法は1948年に制定され、競輪の開催方法だけでなく選手の登録制度や車券の発売方法、不正行為への罰則など細かく定められています。
この法律は単なるスポーツ法ではなく、冒頭でも述べたように戦後復興期に誕生した背景から
といった国家的な目的も盛り込まれています。
ここからは自転車競技法にはどのような内容が定められているのを確認していきましょう。
①車券の払い戻しには時効がある
知っている人は少ないと思いますが、実は競輪の車券には60日の払戻期限があります。レースで的中した車券であっても、払戻期限を過ぎてしまうと無効となり換金することはできません。
現在ではネット投票が普及したことで払戻忘れは減りましたが、昔は紙の車券が主流だったため的中したことに気付かなかったり、そのまま紛失してしまったりするケースも少なくありませんでした。
特に高額配当の車券が時効を迎えた際にはニュースとして取り上げられることもあり、多くの競輪ファンの間で話題になったことがあります。

ちなみに払戻期限は競輪だけじゃなくて、競馬・競艇・オートレースとか他の公営ギャンブルにも存在するよ⚠️
②20歳未満は車券を購入できない
一般常識として知られている「20歳未満のギャンブル禁止」ですが、これは競輪場独自のルールではなく法律で定められています。
その背景には、未成年者の射幸心を守る目的があります。ギャンブルへの依存によって生活が破綻するケースは昔から問題視されており、判断能力が十分ではないとされる20歳未満については車券の購入や譲り受けが禁止されています。
ここで意外なのが譲り受けも禁止されている点です。例えば親が購入した車券を子どもへ渡した場合でも違法となる可能性があります。
さらに刑事罰の対象となるのは20歳未満の本人ではなく、
- 20歳未満へ車券を譲り渡した者
- 20歳未満と知りながら販売した者
となります。
では20歳未満の人は罰則がなにもないのかと言われるとそうではありません。その場合は以下のような事項が適用されることがあります。
・保護者への連絡
・学生の場合学校への連絡→退学または停学
・警察からの補導

車券の購入は禁止されてるけど競輪場への入場やレース観戦については制限されてないから、家族で競輪場に行ったり自転車競技として観戦を楽しんだりすることはできるよ🙌🏻
③出走選手が1人になった場合はレース不成立
これもルールだと勘違いされているケースが多いのですが、競輪には普段あまり意識されない法律上の規定も存在します。
その代表例が「出走選手が1人になった場合」です。
競輪は複数選手による着順争いを前提としているため、
- 出走選手がいなくなった場合
- 出走選手が1人だけになった場合
- 勝者が存在しない場合
には投票そのものが成立しません。
そのためレースは不成立となり、購入された車券も払い戻しの対象となります。

公営ギャンブルでは多額のお金が動くから、こういう極端なケースにも法律で明確に定められてるよ⚠️
④八百長は法律で厳しく処罰される
競輪の歴史を語るうえで避けて通れないのが八百長問題です。
冒頭でも紹介したように、過去には八百長疑惑が原因で競輪そのものが廃止寸前まで追い込まれた時代があり現在では法律によって厳しく規制されています。
対象となる行為には、
- 故意に負ける
- 着順を操作する
- 他の選手との裏取引
- 金銭を受け取ってレース展開を調整する
などがあります。
違反した場合は「3年以下の拘禁刑または200万円以下の罰金」が科される可能性があります。
また刑事罰だけでなく、選手登録の抹消や永久追放など競輪選手としてのキャリアが事実上終了するケースも少なくありません。

競輪は公正な競走が存在して初めて成り立つ競技だから、八百長が蔓延すればファンの信頼も失うし売り上げとか公営ギャンブルの制度そのものが崩壊しちゃう😱
⑤ノミ行為は違法
ノミ行為という言葉を聞いたことがない人も多いかもしれません。
簡単に言えば、正式な車券発売所以外で賭けを受ける行為のことです。
これは自転車競技法ではなく刑法上の賭博罪や常習賭博罪に該当する可能性があります。
競輪そのものの結果を直接操作する行為ではありませんが、公営競技としての秩序を乱す重大な違法行為です。
また車券を模倣した不正投票や制度への不正介入などがあった場合には、自転車競技法による処罰が追加で適用されるケースもあります。

公営競技の信頼性を守るために、ノミ行為についても厳しく取り締まられているよ!
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まとめ

競輪の歴史を振り返ると、現在の競輪がなぜこれほど厳格に運営されているのかが見えてきます。
戦後復興を目的として誕生した競輪は爆発的な人気を獲得する一方で、八百長疑惑や暴動事件によって存続の危機にまで追い込まれました。
しかしその経験があったからこそ不正防止対策や法律の整備が進み、現在の公正な競輪制度が作られています。
競輪をただのギャンブルとして見るのではなく、その背景にある歴史や制度を知ることでレースの見方も大きく変わるはずです。
次に競輪を見るときは、ぜひその裏側にある70年以上の歴史にも注目してみてください。
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